ゆるきりライフ

基本気張らず「ゆるゆる」生活~でもたまに「きりっ」と頑張る私のブログ

私の受けたパワハラ犯罪の記録。ブラック企業から逃げ出せず、うつ病になったお話。【後編】

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どうも。

 

思い出してみたら意外と私って頑張ってきたんだな、と思えてきたゆるきりんです。

 

この記事は後編になりますので、前編はこちらをご参照ください。

 

www.yurukiri.com

 

後編は、パワハラというよりはもはや犯罪か、というような内容になっていますので、みなさまも同じような目に合わないようにくれぐれもご注意ください。。

 

 

 

脅迫と監禁

 

前編の話があった翌日、社長から連絡があり、「体調が悪いというのなら、とりあえずパートとして勤務しろ」と言われた私。

 

毎日の出勤を、午後だけにするという妥協案を提示され、「このまま辞めると顧客にも同僚にも、みんなに迷惑かけることになるぞ」と言われたために、しぶしぶ了承してしまったことを今では後悔しています。

 

何故なら、無理に出勤を続けたことで病気が悪化したことはもちろんですが、失業手当が大幅に減ってしまったからです。

 

失業手当は、仕事を失った人で、ある程度の期間雇用保険に入っていた人なら大抵もらえるものですが、その額は退職前6カ月の給与によって計算されます。

 

なので、私のように時短勤務やパートなどでダラダラと勤務して給与が下がってから失業手当を申請すると、もらえるはずのお金がかなり減り、生活していけない状況に追い込まれてしまうのです。

 

私は実家住まいだったのでまだよかったですが、これが一人暮らしだとかなり厳しかったんじゃないかと思います。

 

とはいえ、そのころは、そんなことも知らなかったし、調べることさえ気が回りませんでした。

 

体調不良とうつ病でそれどころではなかったのです。

 

結果、しばらくパート勤務していたのですが、午後のみ勤務とはいえ、毎日職場に行くという環境が変わらないため、家にいても気が休まらず、病状は改善するどころかどんどん悪化していきました。

 

毎日、消えてしまいたいと思っていました。

 

ベッドの横に下がっているカーテンの生地を、穴があくほど見つめ続けた毎日は、今でも忘れません。

 

1カ月くらいは頑張ったのですが、やっぱり離職したい、パートでも無理だ、と思って、再度社長と話をすることに。

 

ちなみに、主治医は診断書に対してそのような扱いをうけたこと、やぶ医者だと言われたことに怒り、直接社長から自分あてに電話してくるように言え、と言ってくれました。

 

とても心強かったです。

 

二度目の話のとき、社長にもそれを伝えており、「上等や、クソやぶ医者が!電話してやるわ!」と威勢良く啖呵を切っていましたが、結局電話はしなかったようです。

 

社長は、私が1カ月経っても通常勤務に戻らず、二度目の離職届を持ってきたことにかなり腹を立てていました。

 

やっぱり無理だ、パートもやめさせてほしいという話をする私に対して、こう言いました。

 

 

「本気で辞めるつもりなら、こっちにも考えがある。今、弁護士に相談している。辞めることで会社がこうむる損害賠償として、600万円支払え

 

 

目の前に出された紙には、私が辞めることでどんな損害がいくら発生するというようなことが事細かにエクセルで打ち出されており、そこには658万円だったか、すごく具体的な数字が書かれていたのです。

 

…は?バカじゃねーの、って今なら思えますけどね。

 

そのときは、もう、完全に追い込まれていて、仕事を辞められるなら何でもする、というような気持ちだったんですね。

 

600万円くらいなら、いろんなところからお金借りたり、両親から借りたりしたら、何とかなるんじゃないかって思ったんですよね。

 

本当に私がこれだけ迷惑かけるなら仕方ない、これで辞められるならそっちの方がいいって。

 

ただ流石にここは即答しちゃいけないと思い、そのときには、払いますとははっきり言わずに、結局辞めたいという意思だけ繰り返し伝えたため、話し合いは平行線。

 

社長は辞めさせない、私は辞めたい。

 

結局、会社側が離職を認めることはありませんでした。

 

本来、会社が認めなくても離職できるものなんですけどね。

 

 

次の通院日、この話を聞いた主治医はさらに激怒。

 

そんなバカげた話を真に受ける必要はない、損害賠償なんか気にしなくていいし、もちろん払う義務もない、と言ってくれました。

 

そして、労基署(労働基準監督署)に行った方が良い、というアドバイスもくれました。

 

 

私はそっか、そういうところがあったか、とやっと思い至り、体調が悪いのをおして、何とか労基署へ行ったのでした。

 

労基署では…いろんな人たちが来るからなんでしょうね、最初は「また面倒なのが来た」というような顔をされました。(被害妄想かもしれないけど)

 

でも、話を聞いていくうちに、担当のおじさんがみるみる真剣な顔になっていきました。

 

「確認だけど、辞めたいのに辞めさせてくれないの?辞めたくないのにクビにされたとかそういう話じゃなくて?」

 

だからそうだって言ってんじゃん、って思いましたが、多分そういう相談が多いんだと思います。

 

そして、調書みたいな記録を取ってくれました。

 

「何ていうか…結構酷いね。とりあえずすぐに調査に行くとかの約束はできないんだけど、違反を申告することは出来るし、割と深刻な事案だと思うから、何かあったら引き続き連絡して」と担当者さんの名前と、部署の電話番号を教えてくれました。

 

そして、有給とか残業とかの未払いについて、はタイムカードとか、日記とか、そういう記録が必要になるからそれをなるべく残しておいて、というような話をされました。

 

離職に関してここまでこじれるとは思っておらず、タイムカードも写メやコピーなどしていなかったことが悔やまれます。

 

社内の噂では、私たちが押しているタイムカード(社員の出勤を監督するため)と、社労士に提出する用のタイムカードが別に準備されていると言われていましたが、真相はわかりません。。

 

でもまずは一歩、踏み出すことが出来たのが自信につながりました。

 

自分が間違っていたわけじゃなさそうだ、何かあったら頼れるところがひとつできた、と思うだけでほんの少し楽になれた気がしました。

 

ネットにわかりやすい労基署の説明があったので、リンク貼っておきますね。

 

www.roudou110.jp

 

 

さて、とりあえず相談はしたものの、基本的には労基署は民事不介入ということで、現状としては何も変わらず、、

 

 

その数日後、今度は社長側から呼び出されることになったのです。

 

社長は、奥さんと、部長などの要職数人を集めて、私を社長室に呼び、書類を見せながら、こう言いました。

 

 

「弁護士と相談した結果、600万じゃ少ないということになった。2000万の損害賠償を請求するために裁判の準備を進めている

 

 

全身から汗が噴き出しました。

 

裁判ってなんだ、私、訴えられるの…?

 

訴えられても、2000万円はさすがに払いきれない。

 

自殺して生命保険で払っても払えない。

 

そう思いました。

 

 

「ここを辞めても次にどこで働いているか突き止めて、一生他のところで働けないようにしてやるから辞めようとしても無駄だぞ」

 

 

私は耳を疑いました。

 

2000万円もありえないが、そんな脅迫はもっとありえない。

 

帯同している人たちが、何か、社長をいさめるような話を切り出してくれないかと思いましたが、彼らはみな、口をそろえて「社長は間違っていない。今ならまだやり直せる。辞めるなんて馬鹿なこと言わずに、今まで受けたご恩を返せ」と言ってきます。

 

まるで人間の皮をかぶった悪魔のようでした。

 

会社を経営しているようなレベルの人たちが、弁護士に相談してまでお金の話をしてくるということは、私が理解していないだけで、支払う義務があるのかもしれない、裁判などされたら勝てるわけがない、どうやったらいいかもわからない、それに一生邪魔してやるというのもこの人たちならやりかねない、どうしよう、どうしよう…

 

頭の中は、辞める辞めないでぐるぐる回り続けて、でも心も体も限界で、私はまた泣き崩れてしまって、それでも誰も励ましてくれる人はいませんでした。

 

私の味方は、誰もいなかったのです。

 

もうダメだ、お母さんごめん、と思いながら車で帰る途中も、涙が流れて止まりませんでした。

 

ぐしゃぐしゃの顔で声をあげて泣きながら運転し、踏切の赤信号で止まっているときに、何故かアクセルを踏んでしまいました。

 

このままあと1メートルも進んだら楽になれる。

 

なんだ、悩んでたけど簡単なことじゃん。

 

そう思いました。

 

車の先端が踏切の棒に当たった瞬間、思ったより大きな音がして、私は我に返り、反射的にブレーキを踏んでいました。

 

対向車の人が少し驚いたような、奇妙なものを見るような顔をしていて、ああ、私、本格的におかしくなってきたんだな、と理解しました。

 

飛び込み自殺する人の気持ちが、ほんの少しわかったような気がしました。

 

自殺するときには、楽になりたい、その一心なんだと。

 

それ以外のことなんてきっと、頭からなくなってしまうんだろうな、って。

 

 

帰宅して、母親に「お母さんごめん」と土下座して号泣しながら何度も何度も謝りました。

 

母親も泣きながら背中をさすってくれました。

 

向こうが弁護士に相談しているならこっちも相談しよう、今度のお休みに行ってみようと言ってくれました。

 

ところがその夜、今度は母親が社長に呼び出されました。

 

なぜ母親が?

 

行く必要はないと伝えましたが、母も見かねたのでしょう、私が話をしてくる、と言って出ていきました。

 

待っている間、本当に気が狂ってしまいそうでした。

 

お母さんにまで何かあったらどうしよう。

 

母親にその後何度も電話しましたが、つながらず。

 

大丈夫だから、と深夜になってメールがきたものの、とても大丈夫とは思えず、警察に電話しようと思っていたころにやっと母親が帰ってきました。

 

午前3時を過ぎていました。

 

母親も、泣き腫らした目をしていました。

 

お前の娘は頭がおかしい、損害賠償として2000万円払え、払えないなら辞めないように説得しろという話とともに、今、この場所で、辞めないという書類にサインをしないと先月の給与は振り込まない、と言われて、母親がサインを拒否していたら押し問答になり、6時間に渡って話し合いという名の監禁を受けていたのでした。

 

途中、母親がもう遅いので帰る、と何度も言ったそうですが、聞き入れず、扉の前に立ちふさがり、勝手に帰らないように靴を隠し、トイレにまでついてきたそうです。

 

その話し合いの際、母は涙ながらに私の窮状を訴えたらしいのですが、全く聞いてもらえず、ずっと、私がいかに会社に迷惑をかけているダメ人間かということを延々と聞かされたのだそうで、母はそんな子ではないと反論してくれたのだそうです。

 

 あの会社はダメだ、あんな会社をすすめてしまってごめん、母さんが悪かった、あんなに苦労しているなんて知らなかった、と母が号泣していたのが本当に本当に申し訳なかったです。

 

あんたが死ぬというなら私も一緒に死ぬよ、と母が言って、二人で抱き合って涙が枯れるまで泣いていました。

 

そして私は、「私が母を守らなければ」、と思ったのでした。

 

 

反撃のはじまり ~窮鼠猫を嚙む~

 

母の監禁事件のあと、さすがにまずいと思ったのか、社員の中で私だけ振り込まれていなかった給与が、やっと振り込まれました。

 

額はかなり減らされていましたが。

 

そして私と母は、ネットで調べた法律相談所へ来ていたのでした。

 

そこは上司のパワハラなどの救済のために設置してある相談所で、弁護士が相談に乗ってくれるというところでした。

 

そこへ行くまでの電車の中、ふたりとも終始無言だったことを覚えています。

 

とてもとても長い時間に感じられました。

 

もし弁護士に、2000万円は払う義務がありますよ、仕方ありませんね、と言われたらどうしよう。

 

仕事を辞められなかったらどうしよう。

 

頭ではそんなことないとわかっていても、不安で全て悪い方向へと考えてしまいます。

 

順番を待っている間も、パニック状態でした。

 

そして、やっと順番が回ってきて、弁護士の先生に、今までの内容をお話したところ…こう言われました。

 

 

「結論から言いますと、そんなお金は一切払う必要はありませんね」

 

 

…全身の力が抜けました。

 

「今のお話を伺う限り、100%向こうが悪いですし、裁判をしてもこちらが負ける要素がありません。恐らく会社側も弁護士に相談などしていないと思いますよ。こんな内容で引き受ける弁護士なんていないですから」

 

母親と、よかった、と涙しました。

 

「診断書と離職届を出している以上、もう仕事に行く必要はありませんが、そのような悪質な会社だと何らかの報復措置に出てくる可能性はありますので、今後も注意してください。なるべく記録を残すこと、ひとりでは相手のところへ行かないこと、そして法律の専門家を間に入れる方がいいですね」

 

私も、このままでは済まないだろうという気持ちがあったので、そこで弁護士に依頼することになったのでした。

 

 

対決は司法の場へ

 

間に弁護士が入ってくれるということで、本当に気が楽になったのですが、弁護士から、ただ離職するのか、それとも今後のことを考えて法的に相手を律するかどうかというお話がありました。

 

離職に際し、弁護士が介入することで2000万円は支払わなくてよいとしても、うつ病が治って再就職したときに、今後の仕事先にまで嫌がらせをしてくる可能性などを排除するためには、今のうちに司法の場に出て、今後関わらないようにとはっきり書面化させておいた方がいいかもしれないということでした。

 

それは裁判をするということですか?とドキドキしながらきいたのですが、労使問題に関する内容においては、労働審判という簡易的な裁判制度があるので、それを利用してはどうか、とのことでした。

 

裁判に比べて、3回で結審するので期間が短く、弁護士費用も抑えられ、訴訟を起こす本人の拘束時間も短くて済むということ、それでも決着がつかない場合はそこから裁判を起こすことも可能だということから、私は母と相談して、この労働審判をすることにしたのでした。

 

労働審判の詳細については、こちらのリンクをご覧ください。

 

裁判所|労働審判制度について

 

個人的には、もう一瞬でも関わり合いになりたくなかったし、離職さえ出来ればあとはどうでもいいという思いもかなりあったのですが、今後も必ず私の人生にあの人がつきまとうという確信があったことと、そんな人生は絶対に嫌だと思ったこと、そして何よりも母を守るためには法的な拘束力があった方がいいと思ったので、最後の力を振り絞り、一矢報いる覚悟を決めました。

 

弁護士に依頼してから、離職までの手続きはすべて先生が代わってしてくれました。

 

弁護士が「すべての連絡は私を通すこと、本人に直接連絡しないこと」と会社側に伝えてくれたおかげで、私には連絡はありませんでした。

 

母親にはあったようですが。。(私を心配させないために、後日ききました)

 

その後、離職日が決まり、離職票が郵送で届きました。

 

案の定というか、離職理由は「一身上の都合」と書いてありました。

 

つまり、「自己都合による退職」ということで、失業手当も3カ月の待期期間が課せられます。

 

実際は、会社からのパワハラなどによる離職のため「会社都合」になるのですが、このときはまだ労働審判の準備中だったので、とりあえずはこのまま失業手当の手続きをすることになりました。

 

これは今でも不満が残るところではありますが、当時は仕方なかったのかもしれません。

 

ちなみに会社都合であれば退職の7日後から待期期間なしで90~330日の支給があり、自己都合であれば7日後+3カ月の待期期間ののちに90~150日の支給があります。

 

会社都合の方がすぐにお金が貰えて、総額が多くなる場合が多いということですね。

 

ハローワークで初めて、パートで出勤を続けていたために支給金額が大幅に下がることを聞かされ、大ショック…

 

え…この金額じゃ生活できないじゃん…というくらいの額しか貰えませんでした。

 

でも今更どうしようもありません。

 

何事も知らない方が悪いという世の中です。

 

これを読んでいるあなたには、なるべく損はしないように知識をしっかりと身に着けてから行動した方がよいのだなと、私の体験から少しでも学んで頂ければと思います。

 

 

さて、労働審判にはたくさんの準備が必要です。

 

時系列でどのようなことをされたか、通院の記録や、言われたことなどをひとつひとつ整理して書類にしていきます。

 

離職して、うつ病で精神的におかしくなっている中で、自分の過去と対面して、会社にされたひどいこと、人格否定の罵倒の数々を、ひとつひとつ書き出していくことは大変な苦痛を伴いました。

 

少し書いては泣き、少し書いては薬を追加で飲み、夜は怖くてたまらず、母親と手を繋いで同じ部屋で眠りました。

 

朝となく夜となく襲ってくる不安に支配され、自己否定感が強くなり、私は消えなければならないという強迫観念がいつもつきまとい、何も手につかずにベッドで丸くなっては勝手に流れる涙をぬぐいながら、部屋のカーテンを見つめる日々でした。

 

食欲もなく、食べてもストレスで消化できなくて、すぐにお腹を下してしまうので、体重は10キロ以上痩せ、背骨とあばらの浮いた体を、母が毎日泣きながら洗ってくれました。

 

お風呂場の鏡に映る自分を見て、ロードオブザリングのゴラムみたいだな、と他人事のようにぼんやり思ったことを覚えています。

 

痩せすぎて椅子に座ると骨が直に当たるので痛くて、座布団を2枚重ねて使うようになり、摂食障害だったあの同僚も、こんな経験をしたのかな、どんなにつらかったろうな、などと考えました。

 

そうして地獄のような日々の中、何日もかけて書類を作り、それを弁護士が聞いて補強する、という作業を繰り返しました。

 

その頃になってやっと、社長と話していた内容を毎回録音していたことを思い出したのです。

 

「そういえば、録音もありますがどうしたらいいですか?」

 

「えっ、そうだったんですか? ではそれを専門業者に送って字に書き起こしてもらって、証拠として提出しましょう」

 

音源を渡して2週間くらいでしょうか、原稿が出来上がったタイミングで弁護士に会ったとき、こう言われました。

 

「弁護士稼業をしていると、たいていみんな自分に有利なように話をもっていくので、幾分盛られた話であることを差し引いて聞くようにしているのですが、今回の話はアレですね。全然盛ってなかったんですね。むしろ引いてましたよね。こんな酷いこと言われてたとは…正直こんな100%アウトな発言と対応を連発する経営者、本当にいるんだってびっくりしました…」

 

やっぱり音源というのは、こういうことを言われたという単なる証言よりも証拠として力があるようで、過去に辞めたあの同僚が、録音した方がいいよと教えてくれたおかげで本当に助かりました。

 

みなさんも、パワハラ上司と大事な話などをするときにはとりあえず録音しておいた方がいいと思います。

 

あとでどんなときに役に立つかわかりませんから…

 

また、社長とのやり取りを審判の資料として書き起こす際に業者に頼めたというのも、余分にお金はかかりましたが結果的にはよかったです。

 

病んでいるときにあの音源を聞く勇気はさすがに出なかったですし。。

 

 

こうしてたくさんの準備をし、迎えた労働審判の当日。

 

待合室で弁護士と待っているときに、こんな話をされました。

 

「相手側から、私の職務態度と人格に問題があったという旨の、社員全員の署名と捺印の束が提出されたらしいです」

 

…驚きました。

 

ここに来て、まだ心をえぐってくるのかと。

 

「でも心配しなくてもいいです。そんなものはほとんど何の効力もありませんから。むしろ、陪審員からしたら心証は良くないでしょうね。社員にむりやり書かせる体質の会社なのだという証拠ですし。あと…こんなことは普通ないんで僕も驚いたんですが、今日も社員を10人ほど裁判所に連れてきているらしいですよ。証人のつもりなのかもしれませんが、中に入れるのは本人だけですし意味ないって向こうの弁護士からも言われてるはずなんですけどね。心理的に圧迫を加えたかったのかな…まぁ、それくらいしか反撃する手段がなかったとも言えますがね」

 

私はつとめて平気なフリをしましたが、内心かなりショックでした。

 

社員のみんな、仲良くしてくれてたのに、こんなにもあっさり裏切るんだなって。

 

みんなそこまでしてあの会社にしがみついていたいんだなって。

 

やっぱり自分の味方は自分だけです。

 

自分の身も、大切な人の身も、自分で守るしかありません。

 

私は、数カ月ぶりに社長に会う覚悟を決め、抗不安薬の頓服を飲んで本番に挑んだのでした。

 

ちなみに、主治医は労働審判をすることでの私への心理的負荷をかんがみて、あまり賛成はしませんでした。

 

今は病気を治すことが先決じゃないかと。

 

でも私は戦うことで将来への不安を消したかった。

 

それが長い目でみたら回復の一助になる。

 

結果的に、この選択は間違っていなかったと思っています。

 

 

労働審判は、労働者側の専門家・経営者側の専門家・裁判官、みたいな感じで3人の陪審員がいて、双方の訴えを聞き、判断をします。

 

社長と久しぶりに顔を合わせたときには、私は一度しっかりと顔を見ました。

 

戦うという意思を込めて。

 

相手は今にも殴り掛かりそうな形相で、こちらをにらみつけていました。

 

その後は、なるべく見ないようにして、あまり感情的にならないように、でも言いたいことはしっかりと伝えられるように心がけて主張を行いました。

 

自分の人生でもっとも頑張った時間の一部だったと思います。

 

審判は合計で3日かかり、3回目に審判が言い渡されます。

 

結果は、

 

 

私の完全勝訴でした。

 

 

私の言い分がほぼ全て認められ、会社側は私に未払い金や慰謝料などを支払うことになったのです。

 

総額で百数十万円だったかと思いますが、私の率直な感想は、あれだけのことをして他人を病気にしても、たったこの程度の金額で許されるんだな、という印象でした。

 

弁護士費用が70万円くらい、その他の手続きや通院費を考えたらぎりぎりマイナスにはならないかなというくらいの額でしたが、それでも私が間違っていなかったという客観的な結果が法律の下につまびらかになったのは本当に嬉しかったです。

 

結審のあと、社長が退室したあとに、経営者側の陪審員の方が「こんな経営者がいるから自分たちも苦労する。こんな悪質な経営者は経営から退いてもらいたい」というようなことを言ってくださり、ありがたかったです。

 

今回、会社側は、重大な労働基準法違反もあるし、長期間に渡る社員全員の賃金未払い分の支払いや、ハローワークなどに募集が出せなくなること、今まで受け取った助成金をさかのぼって返還しなければならないこと、会社が持っている資格の一部をはく奪されることなどが想定されるため、引き続き裁判を起こした場合、会社自体を実質的につぶすことも可能だと思いますが、どうしますか?今後裁判に移行して徹底的に戦いますか?それともここで手を打ちますか?という話があったのですが、裁判官から「他にたくさん働いている社員さんたちのことも考えて、ここは穏便に済ませた方がいいと思いますけどね。あなたももう気が済んだでしょう」と言われたのには正直失望しました。

 

弁護士からは、裁判員もたくさんの裁判を抱えていて日々大変で、なるべく裁判に移行させない方向で話を持っていきたがるんですよ、と後から聞きました。

 

もちろん、法に照らして考えれば、つぶれるべき会社であることは明白。

 

だけれども私には、社員を路頭に迷わせるのはいかがなものか、という姿勢は、暗に裁判を起こして仕事を増やすな、自分ひとりが我慢したら丸く収まるじゃないか、と聞こえ、社長から言われ続けていた「みんなに迷惑をかけるから我慢して働き続けろ」という言葉と同じもののように思えたのです。

 

結局裁判所も人間が行う組織の一部で、会社と変わらないんだなという印象を受けました。

 

もちろん、労働審判という仕組みや、勝訴の判断をしてくれた司法のみなさんには感謝していますけれども。

 

過度に期待してはいけないのだと理解しました。

 

また、自分や大切な人を守るためにも、持っている権利については積極的に吸収し、活用していくべきだと学びました。

 

こちらも生きるうえでしたたかにならなければ、生きていけないのだ、ずっと搾取されるままなのだと理解すべきなのだと。

 

 

労働審判で私が支払い命令とともに、追記してもらったのは、「今後、私や私の家族に関わらないこと」。

 

これが今回労働審判を起こした最大の理由だったからです。

 

それを達したということで、主治医と弁護士と何度も相談した結果、私は今回の労働審判で終了とすることにしました。

 

主治医からは、裁判になると何年という期間になるし、その間は正社員で働くのも難しいし、私の性格からして社員の生活を壊してしまったという精神的なダメージがのしかかってくるだろうからここらで辞めておいた方がいいんじゃないかと言われました。

 

確かにその通りだと思いました。

 

弁護士も、若い方でしたがとても親身になって仕事をしてくれました。

 

この二人には、感謝してもしきれません。

 

今回のことは、人生において、良い勉強をさせてもらったと思うようにしています。

 

 

 

しかし、これで終わりじゃなかった…

 

うつ病での休職はその後1年近くに及び、それでも緩解というだけで治癒には至っていません。

 

もう大丈夫なように見えても、急にあのときのトラウマがよみがえってきて、不安でたまらなく、パニックになることがあるのです。

 

ただ、体重も少しずつ戻り、短時間の日常生活ならこなせるようになってきたので、リハビリも兼ねて、知り合いの職場でアルバイトとして週に2日くらい短時間で働かせてもらうようになりました。

 

体やメンタルはきつかったですが、また社会人として復帰できるかもしれないという希望が、わずかに見え始めていました。

 

ところが、働き始めて2か月後、私を雇ってくれた方から帰り際に呼び止められました。

 

 

「〇〇さんって知ってる?」

 

 

心底、ぞっとしました。

 

それは社長の名前だったからです。

 

「言いにくいんだけどさ、何度かうちの職場に電話かかってきててね…。あなたの人格や働きぶりには満足してるし、相手のいうことを信じるわけじゃないんだけど、色々言われてしまって、正直こちらとしても迷惑していてね…。しかもその人の知り合いがうちの取引先にいるみたいで、そっちにも色々悪い話を流しているらしくて…」

 

とても言いにくそうに話す雇い主に、私は、申し訳ありません、と泣きそうな気持ちで謝るしかなかったのでした。

 

「あなたが悪いわけじゃないのはわかってるんだけどね、あんな話を信じているわけじゃないし。ただ、うちも仕事していかなきゃいけないからさ…」

 

私はすぐに弁護士に相談して、相手側に忠告してもらい、次に同じようなことをしたら裁判所に申し立てるという通告をしてもらったのですが…

 

結果的に、私の方がいづらくなってしまい、良い職場だっただけに迷惑をかけるのも忍びなく、退職させてもらうことになったのでした。

 

そして私は、いっそ誰かに迷惑をかけるよりは、個人事業主として独立しよう、という決心を固めたのでした。

 

さすがにその後、直接的な嫌がらせは受けていません。

 

間接的には、ときどき聞こえては来ますが。。

 

いまだにその職場にいる別の同僚からは、まだことあるごとに、私と、辞めた同僚の悪口を言い続けているよ、という話を聞くことがあります。

 

よかったなと思ったのは、その後、会社に労基署の立ち入り調査があり、不適切として賃金未払い、有給未消化などの改善命令が出て、かなりのお金を従業員に支払うことになったということです。

 

私の一歩が、会社としての改善に少しでも貢献できたのなら幸いでした。

 

まぁ、その調査のあと、少ししてほとぼりが冷めたらすぐ同じ体制に戻ったそうですけどね…

 

 

それから、ずいぶん経ってから、あまり親睦のなかった同僚から、会いたいという話がきました。

 

もしかして社長の回し者かも、と警戒しながらも会うことにしたのですが、彼女は私に会うなり号泣しながら「あのときは思ってもないことに署名捺印してしまってごめんなさい!」と言ってくれたのでした。

 

ずっとずっと、謝らないと、と思って心に重荷を抱えていた、とのこと。

 

彼女は、周りの従業員たちが、これにサインしなければクビにするぞと脅されて大人しくサインをしたところを、「〇〇さん(私)は仕事頑張ってましたし、そんな悪いことはしてません!だからそんな書類にサインはできません!」と最後まで抵抗してくれたのだとか。

 

みんな、自分の生活かわいさに自己保身に走ったのに、そんな人がひとりでもいてくれたことに本当に心が救われる思いがしました。

 

それでも、毎日社長室に監禁しつづけられ、深夜まで眠らせずに拘束された結果、朦朧としてサインしてしまったと。

 

翌日になってサインを取り消して欲しいと頼んだが、もう無理だったこと。

 

どれだけ被害者を増やしたら気が済むのか、と思いました。

 

裁判をしても何をしても、そういう経営者は変わりません。

 

徹底的に戦うつもりがないのであれば、早めに避難することが唯一の道です。

 

彼女も、その後仕事を辞め、転職しました。

 

社長は今でも、その地域のお金持ち、成功者、として君臨し続けているそうです。

 

社長がどうしているかなんて、もう私には関係のない話ですが、私自身がしあわせになることが最大の抵抗かなとは思っているので、いつか完全に体調とメンタルを治して、人生を謳歌したいです。

 

うつ病はそんな簡単に治る病気ではないので、今でもいつも不安と戦っていますし、薬も全てやめることは出来ていません。

 

あんな仕打ちを受け、こんな病気にならずに済んだら、どれほど良い人生だったかと思わずにはいられません。

 

みなさんもどうか、このような事態にならないように、早めに逃げて、新しい幸せをつかんでください。

 

他にもたくさんのパワハラや嫌がらせ、ここに書けないようなものまでいろいろとありましたが、ブログに書くことで自分自身整理がつきましたし、供養になったと思っています。

 

長くなりましたが、ここまで読んでくださったみなさま、ありがとうございました。

 

この記事が、少しでもお役に立てたなら幸いです。

 

なお、今は私は個人事業主なのでできませんが、もし自分が会社員でまた同じようなパワハラにあったとしたら、離職届を出す前にこっそり転職活動をすると思います。

 

事実、私が事業主として求人した際も、現在の職についたままで面接に来る人も多かったです。(そしてボーナスを貰って転職してくるというパターン)

 

今は転職サイトなども多いですし、ハローワーク求人もネットで簡単に見られるようになっています。

 

そこに書いてある内容が全て真実とは限らないというのが残念なところではありますが、今の状況よりもよくなる可能性があると思うのなら、早めに転職活動をしてみるというのも、視野が広がり、新しい逃げ場も確保できるのでオススメです。

 

まずはある程度、自分の市場価値を知り、掘り出し物の求人がないかどうか、ときどき転職サイトなどを見ておくというのもアリでしょう。

 

もちろん、うつ病のような状況にまで追い込まれてしまったら転職どころではないので休職ということになるでしょうが、精神疾患にいったんかかってしまうと、そう簡単に治るものではないので、我慢せず早めに逃げ出すのが一番です。

 

ちなみに、うつ病などの病気を抱えた方の就職を支援する就労移行支援事業所などのサイトもあるようです。

 

私のような状態にならないために、早めの脱出で、自分に合った無理のない人生を送りましょう^^

 

 

 

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