ゆるきりライフ

基本気張らず「ゆるゆる」生活~でもたまに「きりっ」と頑張る私のブログ

私が、「猫が苦手」な理由。

f:id:yurukiri:20181204134205j:plain

 

 

私は猫が「苦手」です。


実家では猫も犬も飼ったことはないのですが、祖父の家で犬を飼っていて、年に数回帰省するときにその犬に会うのが楽しみでたまりませんでした。

散歩をして、餌をやって、一緒に遊んで、一緒に寝て。

今思い出しても、とてもとてもキラキラしている瞬間でした。

そんなふうに小さい頃から犬に親しんできたせいか、現在まで自分は犬派だと思い、「猫と犬だったら犬の方が好き~」という気持ちで大人になるまで、何の疑問もなく生きてきました。

ところが先日、YouTubeで猫の動画を見て、なんというか、こう、すごく癒されたんですよね。

あれ?どうして?と思いました。

猫が苦手なはずなのに。

そう思いながらも、寝る前や落ち着かないときに猫の動画を見ては、何だか癒されるという毎日を送っていました。

当時、うつ病が酷い時期だったので、必死に自分が少しでも楽になる方法を探していたのです。

不思議と、猫が毛づくろいをしたり、飼い主の指や手を舐めたりする動画を見ていると、心が和みました。

自分でも理由はまったくわかりませんでした。

 

そんなとき、地域の回覧板が回ってきました。

 

【猫の放し飼いをやめよう】

 

【糞害で悩んでいる方も多く、苦情がたくさん寄せられています】

 

それを見て私は「猫は罰せられるべきなのに」と思ったのです。

ん…?

ちょっとした違和感。

何故、そんなふうに感じたんだろうと。

罰せられるべきは飼っている人間だし、そもそも罰するというのは違うんじゃないか?って。

でも回覧板を読んだときの私は、何故か半ば憤りながら「猫はずるい」「罰せられるべき」と思ったのです。

そこで私は、何故自分が反射的にそう感じたのかを紐といてみることにしたのです。

そもそもどうして猫が苦手なんだろう?無意識のうちに嫌悪感を抱いているのは何故?と考えていくと、あるひとつの理由がみつかったのでした。

 

それは、私が小学校低学年のころでした。

隣に住む2つ上のお姉さんがピアノを習っており、夕方になるときまって綺麗な旋律が聞こえてきます。

それは初めて聞く本物の楽器の音で、私はすぐに魅了され、私も習いたい!と親に懇願しました。

小学校に上がったときに念願のピアノを買ってもらい、胸を弾ませながら、お姉さんと同じピアノ教室に、ピアノを習いにいくことになったのでした。

ピアノの先生は、その地域の議員をしている、いわばお偉いさんの奥さんでした。

私は週に一回、ピアノを習いに通いましたが、先生のおうちはとても大きくて、子どもながらに「すごいなぁ、うちとは違うなぁ」と思ったものでした。

習い始めて最初のころは、母親が送り迎えしてくれていたのですが、慣れてくると学校帰りにひとりで通い、迎えだけ来てもらうことになりました。

学校にピアノの本の入ったバッグを持っていくことと、普段の通学路とは違う道をひとりで歩いていくことが、何だか特別な気がして、とても楽しかったのを懐かしく思い出します。

先生の家には黒い猫がいました。

たまに帰ってくるだけの外飼いの猫らしく、時折、庭で見かける程度でしたが、今まで犬としか触れ合ったことがなかった私は、その黒猫に触りたくて仕方がありませんでした。

ピアノの練習の前や後に、庭で毛づくろいをしている黒猫を、じーっと見つめては、そーっと手を伸ばしたりしてみたのですが、手が触れる前にすっと逃げられたり、噛みつくようなしぐさをされて慌てて手をひっこめたりと、ほとんど触ることは出来ずにいました。

それでもたまに見かけるだけで嬉しかったものです。

ピアノも楽しくて、練習の本もどんどん進むので、私天才なんじゃない?なんて思ったりもしていました。

全部が順調に思えた、そんなとき、事件は起こったのです。

 

 

先生の家で、ピアノの指導を受けているときのことでした。

黒猫が庭から窓をカリカリと引っかいていました。

私は内心やった!と思いました。

もしかしたら触らせてもらえるかもしれない、と。

先生は指導の手をとめ、猫を家に入れてあげました。

祖父の家で飼っていた犬は、散歩のあとに家にあげるとき、必ず足を拭いていたのですが、猫はそのまま入ってきて少し驚きました。

先生は、私たちには家に上がる前に足を拭いて手を洗え、ということを徹底している人だったので、あ、猫はそのままでいいんだ…と思ったのを覚えています。

そのとき、先生が猫と接しているのを初めて見たのですが「かわいいネコちゃんね~今日はどこにいってたんでちゅか~」といきなり赤ちゃん言葉になったのにびっくり!

普段、生徒にはかなり厳しい先生だったのでギャップが凄かったです。

黒猫は嫌がって腕からすり抜けたのですが、お腹が空いたのかしらね~と先生は私を放置して奥の部屋に引っ込んでしまいました。

私は黒猫と部屋に残され、ドキドキ。

こんな間近に猫を見たのは初めて。

触りたい…また逃げるかな…。

でも今はピアノを弾いているから、猫を触った手でピアノを触ったら怒られるかな、と思って我慢していました。

そうするとふいに、ソファの上にいた猫が、ピアノの上へと飛び乗ってきたではありませんか。

そのとき猫の長いしっぽがピアノの教本を支えている棒に触れ、本の支えが外れて、ガターン!と音を立てて落下!

落ちる際に鍵盤にも当たったので、ピアノも大きな音を立てました。

それに驚いた黒猫が部屋を走り回って興奮するという想定外の事態に、私はただ椅子から立ち上がったまま動けずに、おろおろするばかりでした。

慌てて戻って来た先生は「どうしたのっ!」と怒鳴り、私はうろたえながら「猫がジャンプして…」と訴えたのですが、先生は「あなたが何かしたんでしょう!そうじゃなきゃこんなことになるわけない!」と言い放ったのです。

そして猫を抱き上げると「怖かったね~よしよし、こんな酷いことされるなんてね~」と猫に頬ずり。

 

とても、とてもショックでした。

 

子どもは純粋なので、正しいことをしなければならないと思っています。

正しいことをしていれば褒められるし、怒られることはない。

学校でも、子供向け番組でも、正義はいつだって推奨されていました。

いつだって正しいことは、正しい。

揺らぐことなんてない。

そう信じていました。

その、自分の中の”正義”を根底から揺るがされた出来事でした。

私の方が間違っているの?

正しいのは先生の方なの?

詳しい話も聞かずに一方的に怒られたのは初めての経験で、自分の中でいろんな感情が駆け巡り、悔しくてたまりませんでした。

私はそのレッスン中ずっと半泣きで、母親が迎えにきたときにも泣いていたので、母親がどうしたの、と言ったのですが、私が答えるより先に先生が「うちの猫が途中で来ちゃったから、ちょっとびっくりしちゃったのよね~ごめんね~」と言ったのです。

 

本当に驚きました。

 

さっきと態度が全然違うじゃないかって。

先生も本当は私のせいじゃないってわかっていたんじゃないかって。

 

大人とはこういう生き物なのか、と思い知った出来事でした。

”先生”と言われていても、こんなものなのか、と。

帰りの車の中で、私は母に本当のことを訴えましたが、母も「…まぁ、先生も色々あるのよ」と歯切れの悪い返事でそれ以上話してはくれませんでした。

後々知ったことですが、母親は私がピアノを習いにいっている関係で、その先生の旦那さんの選挙活動に行かないといけなくなり、ピアノの先生も選挙を手伝ってくれる支持者ということで母親には悪く思われたくないという大人の事情があったようです。

その後も私は、ピアノには通い続けましたが、それ以来まったく楽しくなくなってしまい、全然練習もしないままに行くので、毎回怒られ、さらに不信感が募り、でも選挙の関係で小学校卒業までは辞めたいのに辞められず、という感じで、今もピアノと聞くと嫌なイメージが浮かんでしまいます。

黒猫は、私が怒られているときも、半泣きのときも、知らん顔でソファで寝ていました。

私は、本当に怒られるべきは猫の方なのに!とずっと思っていました。

もちろん、本当に悪いのは猫ではないのですが、そんな子どもの頃の気持ちが、ずっと心の中にあったんだなぁと、大人になった今、ようやくわかったような気がします。

そんな自分の気持ちを認めてあげなくては、と思いました。

 

外面だけに気を遣って、子どもに本当の意味で寄り添うことの出来なかったあのピアノの先生は、大人になった今も、尊敬出来ません。

そして、繊細な子供時代にそんな経験をさせてしまうことで、その子の今後の生活にも影響する可能性があるということを、自分も理解して、気を付けないといけないなと再認識しました。

子どもは、大人のことをよく見ています。

大人のご都合主義も鋭く見抜いています。

私には子どもはいませんが、誰かのお子さんにこんな思いをさせないよう、気を付けようと自分を戒めるばかりです。

 

そんな私の中にいる”小さなわたし”との対話で、少しずつ、猫が苦手という意識は緩みつつあります。

20年以上も無意識下に降り積もったこの気持ちは、そう簡単には消えないでしょうが、気長につきあっていくつもりです。

 

ちなみに、今の職場には何故か猫グッズがたくさんあるようで、私自身気づいていなかったのですが、お客さんに「猫好きなのね~」と言われて驚きました。

 

そうか、そうなのかもしれない。

 

私は本当は、猫を撫でたかった。

猫に、手を舐めて欲しかった。

猫と、仲良くなりたかった。

 

 


私は、猫が苦手です。

 

でもいつか、私は猫が好きです、とまっすぐに言えるようになりたいです。

 

 

 

 

少しでもお役に立てたなら下のボタンをポチっとお願いします!